2007年05月27日

池田退輔 本間焼 面取楽ぐい呑

こんにちは。

今日は池田退輔さんの本間焼 面取楽ぐい呑をご紹介します。

本間焼の窯は、酒田市本間美術館の庭園内にあります。

昭和35年、当時の館長本間祐介さんが東京芸大の浅野陽、三浦小平二両氏を招き、作り方を学んだのが、本間焼の第一歩と言われております。まもなく庭園の片隅に小さな窯を造り、お庭焼として楽焼を始めたのが、本間焼の始まりだそうです。

当時、本間祐介館長と一緒に造っていた池田退輔氏さんは、本間美術館所蔵の「長次郎」や「のんこう」といった楽焼の名品に触れながら、独自の作品を造りあげ、本間焼として世に名をあげた。と言われております。

楽焼は、一つずつ丁寧に焼かれ、3〜5分位で取り出しては冷めないうちにまた窯に入れ、それを2,3回丹念に繰り返して出来上がりますが、退輔さんの作品の中には、8回繰り返したものもあるとか。
赤楽は800度の温度で、釉薬が溶ける程度まで焼き上げ、その釉薬と焼き加減によって模様が出てくるそうです。



池田退輔 面取楽ぐい呑1.JPG池田退輔 面取楽ぐい呑2.JPG池田退輔 面取楽ぐい呑3.JPG
池田退輔 面取楽ぐい呑4.JPG池田退輔 面取楽ぐい呑5.JPG

口径 6cm
高  4.5cm


このぐい呑もロクロは使わず、楽焼本来の手び練りで成型した後に、外側を削って仕上げてあります。
形と、ほんのり表れた緋色に、楽焼の暖かみと、内に秘めた情熱のようなものを感じ、東北の人の気性を見るような、いとおしさを感じます。



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2007年05月13日

池田退輔 本間焼 楽ぐい呑

こんにちは。

今日は池田退輔さんの本間焼 楽ぐい呑をご紹介します。

「陶芸家の親の元に生まれたわけでもなく、スタートが遅かったので人並みに追いつくには狭い道を進むしかない。それで茶碗一本やりで進んできたが、一番難しいものに取り組んでしまった。」と笑って語る池田退輔さんです。 
 
ほとんど独学だったことから、「師匠」は本間美術館が所蔵している楽焼の始祖、初代長太郎の黒楽だったそうで、当時は、本間美術館に寝泊りしており、夜、来館者がいなくなると手にとって隅から隅まで眺めたそうです。
そこから、地味で平凡で端正と評される作風が生まれたと言われております。

「本物」へのこだわりも相当なもので、黒楽の釉薬には、京都加茂川石の原石を使っており、一時、原石が手に入らなくなった時は、楽焼をやめようとまで考えたそうです。




池田退輔 楽ぐい呑1.JPG池田退輔 楽ぐい呑2.JPG
池田退輔 楽ぐい呑3.JPG池田退輔 楽ぐい呑4.JPG

口径 5.5cm
高  4.5cm

このぐい呑も、池田退輔さんらしい作風で、手にとっては「いいなぁ」と見惚れております。


池田退輔さんは、大正12年生まれ。山形市出身。創立(昭和22年)間もない本間美術館(酒田市)に勤務し、昭和31年、同美術館の築窯とともに楽焼を始め、昭和35年から本格的に楽茶碗に取り組みはじめました。
砂丘地で陶土は皆無なこの地で独自の土造りに努力し、本間焼として名をあげ、今や、広く世に知られ、陶工百人の中の一人に数えられるまでに至っております。
池田退輔さんの作る黒楽茶碗、赤楽茶碗などは、いずれも格調高く、特に作風に定評があり、「本間焼」としてその名声を全国に広めております。


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