2008年05月18日

星正幸 備前焼 緋襷徳利

こんにちは。

久し振りの更新です。今回は星正幸さんの備前焼 緋襷徳利をご紹介します。

星正幸さんは、上智大学文学部哲学科を卒業後、備前焼の質感に惹かれ陶芸の道に入ったそうです。
 
星正幸さんの作品は、陶土に独特があって「あっ、これは星正幸さんの」とすぐわかる。と言う人が多いです。

陶土は、木槌で土を細かく粉砕するため、精緻で、きめが細かいと言われております。

土をすべて棒状に伸ばして寝かし、その棒状の土を重ねて器の形を作る。つまり、紐つくりで成形し、その後へらで削りながら薄手に仕上げているとか。


星正幸 緋襷徳利1.JPG星正幸 緋襷徳利2.JPG
星正幸 緋襷徳利3.JPG星正幸 緋襷徳利4.JPG

胴径 8.5cm
高  13cm


星正幸さんは、「硬く焼き締めていながら、軟らかく見える焼成に力を入れている。」そうです。

この徳利は、明るい焼き上がりの緋襷で、シンプルな形が、軽快な感じがして、手にすると気持が晴れ晴れとするから不思議です。




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2007年10月17日

菊池昭 益子焼 花文酒盃

こんばんは。

久し振りの更新です。今日は菊池昭さんの益子焼 花文酒盃をご紹介します。

菊池昭さんは、日立市生まれの方ですが、加守田章二氏(陶芸界では初の高村光太郎賞を受賞したことで一躍注目の的となった方。)に師事し、後に益子に築窯独立された方です。
 
益子は、世界にとどろく民芸(民衆的工芸)のメッカ、巨匠「浜田庄子」を頂点に栄えた窯里であります。

その浜田庄子を慕って続々と入門者が移り住み、現在、益子には数百人の陶芸家が活動しているそうですが、その大半が、よそから益子に移り住んできた作家である。と言われております。
菊池昭さんもその中の一人と言えます。


菊池昭 花文酒盃1.JPG菊池昭 花文酒盃2.JPG菊池昭 花文酒盃3.JPG
菊池昭 花文酒盃4.JPG菊池昭 花文酒盃5.JPG菊池昭 花文酒盃6.JPG

口径 9.2cm
高  3.3cm


この花文酒盃を目にした時、青い朝顔の花を思わせる形と色に「あらっ ステキ!」と思わず手に取って見つめてしまいました。

酒を注ぐと、濡れた青の中から白い花びらがポッと浮き出て,なんとも素敵な酒盃です。




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2007年06月10日

岩月竹光 美濃焼 黄瀬戸向付

こんにちは。

今日は岩月竹光さんの美濃焼 黄瀬戸向付をご紹介します。

岩月竹光さんといえば「黄瀬戸」と言われるくらい、黄瀬戸作りの第一人者として活躍されている方です。

「桃山の黄瀬戸に出会った時、からだの中を稲妻が走り抜けた。以来、桃山を師と仰ぎ、山を歩いて土を探し、灰を求めて走り続けている。」と岩月竹光さんは栞の中で語っております。

岩月竹光さんの作品を見ると、「目指す桃山の黄瀬戸」その言葉が分かるような気がします。



岩月竹光 黄瀬戸向付1.JPG岩月竹光 黄瀬戸向付2.JPG岩月竹光 黄瀬戸向付3.JPG
岩月竹光 黄瀬戸向付4.JPG岩月竹光 黄瀬戸向付5.JPG岩月竹光 黄瀬戸向付6.JPG


口径 9cm
高  6.5cm


この向付は、筒型の向付に「へら」を使って側面から口縁にかけて押して、八弁の花としています。
しっとりとした黄色の地肌、その上に彫りで草文、そこにタンパン。
とても愛らしい器です。

黄瀬戸のもっている温かさ柔らかさが好きで、どうしても集まってきます。

草文をちょっとあしらった器は控えめで、なんとなく愛くるしいし、黄釉の色調もそう強くなく、使いやすいと思っております。
こういう器に料理を盛るなら、手間とひまをかけた料理をさりげなく盛るのがいいのかな、と思っております。


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2007年06月03日

兼田昌尚 萩焼 萩刳貫ぐい呑

こんにちは。

今日は兼田昌尚さんの萩焼 萩刳貫ぐい呑をご紹介します。

兼田昌尚さんが語っていた、とても印象的な言葉があります。
「[自分の求める造形]と[土が成りたがる形]がせめぎ合い、そして作品は出来上がっていきます。」という言葉。

それを聞いて以来、兼田昌尚さんの作品が気になって仕方がありません。兼田昌尚さんの作品を目の前にすると、[せめぎ合いねぇ]と見入ってしまいます。

そうして見ると、このぐい呑も[せめぎ合]の末、生まれたのかと兼田昌尚さんが語った印象的な言葉を思い出しては、じぃーっと見つめております。



兼田昌尚 萩刳貫ぐい呑1.JPG兼田昌尚 萩刳貫ぐい呑2.JPG兼田昌尚 萩刳貫ぐい呑3.JPG
兼田昌尚 萩刳貫ぐい呑4.JPG兼田昌尚 萩刳貫ぐい呑5.JPG

口径 5.5cm
高  6.5cm


ほんのりラベンダー色に染めた窯変が、どこか恥じらいにも似て、いじらしくも感じます。


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2007年05月27日

池田退輔 本間焼 面取楽ぐい呑

こんにちは。

今日は池田退輔さんの本間焼 面取楽ぐい呑をご紹介します。

本間焼の窯は、酒田市本間美術館の庭園内にあります。

昭和35年、当時の館長本間祐介さんが東京芸大の浅野陽、三浦小平二両氏を招き、作り方を学んだのが、本間焼の第一歩と言われております。まもなく庭園の片隅に小さな窯を造り、お庭焼として楽焼を始めたのが、本間焼の始まりだそうです。

当時、本間祐介館長と一緒に造っていた池田退輔氏さんは、本間美術館所蔵の「長次郎」や「のんこう」といった楽焼の名品に触れながら、独自の作品を造りあげ、本間焼として世に名をあげた。と言われております。

楽焼は、一つずつ丁寧に焼かれ、3〜5分位で取り出しては冷めないうちにまた窯に入れ、それを2,3回丹念に繰り返して出来上がりますが、退輔さんの作品の中には、8回繰り返したものもあるとか。
赤楽は800度の温度で、釉薬が溶ける程度まで焼き上げ、その釉薬と焼き加減によって模様が出てくるそうです。



池田退輔 面取楽ぐい呑1.JPG池田退輔 面取楽ぐい呑2.JPG池田退輔 面取楽ぐい呑3.JPG
池田退輔 面取楽ぐい呑4.JPG池田退輔 面取楽ぐい呑5.JPG

口径 6cm
高  4.5cm


このぐい呑もロクロは使わず、楽焼本来の手び練りで成型した後に、外側を削って仕上げてあります。
形と、ほんのり表れた緋色に、楽焼の暖かみと、内に秘めた情熱のようなものを感じ、東北の人の気性を見るような、いとおしさを感じます。



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2007年05月20日

兼田昌尚 萩焼 白釉窯変刳貫ぐい呑

こんにちは。

今日は兼田昌尚さんの萩焼 白釉窯変刳貫ぐい呑をご紹介します。

「刳貫(くりぬき)」 とは、粘土のかたまりをくりぬいて作る技法です。

兼田昌尚さんの作品は、ロクロで形を作り出すのではなく、粘土の塊の内側をダイナミックに刳りぬき、外側も豪快に面取りし、成型した後に、萩焼の特徴である白い釉薬を豪快にどっぷり掛けてあります。

兼田昌尚さんは、伝統的な萩焼の技術を踏まえながら、それまでの萩焼とは全く違う手法で独自の世界を切り開いてきた作家です。
萩焼と言えば、「柔らかい」とか「優しい」という印象がありますが、兼田昌尚さんの萩焼は「力強い」とか「迫力」とかの言葉が合いそうな感じがします。

そうして出来た作品に、力強いエネルギーを感じて、虜になったファンは多く、コレクターが多いのもうなずけるような気がします。


兼田昌尚 白釉窯変刳貫ぐい呑1.JPG兼田昌尚 白釉窯変刳貫ぐい呑2.JPG
兼田昌尚 白釉窯変刳貫ぐい呑3.JPG兼田昌尚 白釉窯変刳貫ぐい呑4.JPG

口径 6cm
高  6.5cm


このぐい呑も、粘土を刳り貫いて、削り取って出来た形に、釉薬をたっぷり掛けてあります。
炎の力で出来た窯変で、白い釉薬は、ラベンダー色の美しい肌に、姿を変えております。

これを目の前にした時は、その迫力のある形に圧倒され、思わず目を見張りました。
私の思っていた萩焼とは全く違う作りに、強い衝撃を受けたのを覚えております。



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2007年05月13日

池田退輔 本間焼 楽ぐい呑

こんにちは。

今日は池田退輔さんの本間焼 楽ぐい呑をご紹介します。

「陶芸家の親の元に生まれたわけでもなく、スタートが遅かったので人並みに追いつくには狭い道を進むしかない。それで茶碗一本やりで進んできたが、一番難しいものに取り組んでしまった。」と笑って語る池田退輔さんです。 
 
ほとんど独学だったことから、「師匠」は本間美術館が所蔵している楽焼の始祖、初代長太郎の黒楽だったそうで、当時は、本間美術館に寝泊りしており、夜、来館者がいなくなると手にとって隅から隅まで眺めたそうです。
そこから、地味で平凡で端正と評される作風が生まれたと言われております。

「本物」へのこだわりも相当なもので、黒楽の釉薬には、京都加茂川石の原石を使っており、一時、原石が手に入らなくなった時は、楽焼をやめようとまで考えたそうです。




池田退輔 楽ぐい呑1.JPG池田退輔 楽ぐい呑2.JPG
池田退輔 楽ぐい呑3.JPG池田退輔 楽ぐい呑4.JPG

口径 5.5cm
高  4.5cm

このぐい呑も、池田退輔さんらしい作風で、手にとっては「いいなぁ」と見惚れております。


池田退輔さんは、大正12年生まれ。山形市出身。創立(昭和22年)間もない本間美術館(酒田市)に勤務し、昭和31年、同美術館の築窯とともに楽焼を始め、昭和35年から本格的に楽茶碗に取り組みはじめました。
砂丘地で陶土は皆無なこの地で独自の土造りに努力し、本間焼として名をあげ、今や、広く世に知られ、陶工百人の中の一人に数えられるまでに至っております。
池田退輔さんの作る黒楽茶碗、赤楽茶碗などは、いずれも格調高く、特に作風に定評があり、「本間焼」としてその名声を全国に広めております。


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2007年05月06日

須田菁華 九谷焼 赤彩緑点文徳利

こんにちは。

今日は須田菁華さんの九谷焼 赤彩緑点文徳利をご紹介します。

須田菁華さんの赤彩緑点文徳利を紹介します。赤に緑の斑点がかわいい徳利一対です。
 
赤色だけの器は、強烈な存在感がありますが、暮らしを楽しく美しくする存在でもあります。さりげなく置かれた赤彩の器は、心を浮き立たせ、華やぎを与えてくれますものです。



須田菁華 赤彩緑点文徳利1.JPG須田菁華 赤彩緑点文徳利2.JPG須田菁華 赤彩緑点文徳利3.JPG
須田菁華 赤彩緑点文徳利4.JPG須田菁華 赤彩緑点文徳利5.JPG須田菁華 赤彩緑点文徳利6.JPG

胴径 7.5cm  
高  13cm


須田菁華さんは、伝統的な赤絵の技法を受け継ぎながら、独自の境地を開拓し、どこまでも食器としての赤絵を追求しつづけてきた現代の赤絵陶芸家です。

須田菁華さんの器は、料亭などで出されても、一目でそれとわかる器です。

この赤彩緑点文徳利を見た時、「あ、これいいな、好きだな・・・」と一目惚れでした。
品の良い赤と翡翠のような緑に、気持ちをつかまれてしまい逃げることが出来ませんでした。


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posted by kunikuni at 16:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 【九谷焼】須田菁華 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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